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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)5462号 判決

原告(反訴被告)

大西千鶴子

被告(反訴原告)

長谷川勇造

ほか二名

主文

一  原告(反訴被告)の被告ら(反訴原告ら)に対する昭和五五年一一月一四日発生の交通事故に基づく損害賠償債務は、それぞれ金三八万四、三五六円を超えては存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)のその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告(反訴被告)は、被告ら(反訴原告ら)に対し、それぞれ金三八万四、三五六円を支払え。

四  被告ら(反訴原告ら)のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを五分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その四を被告ら(反訴原告ら)の負担とする。

六  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

原告(反訴被告・以下原告という)の被告ら(反訴原告ら・以下被告らという)に対する昭和五五年一一月一四日発生の交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

原告は被告らに対し、それぞれ金一七三万一、一七三円を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行の宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

被告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の主張

(一)  訴外亡長谷川ヨシ(以下亡ヨシという)は、昭和五五年一一月一四日午前一〇時四〇分ごろ、東大阪市永和二丁目二四の一八所在交差点において、大腿骨頸部骨折の傷害を被つた。

(二)  被告らは、亡ヨシの受傷の原因が、原告が当時運転していた自転車の追突に基づく旨主張し、原告に対し右受傷に基づく損害賠償を請求する。

(三)  しかしながら、原告は、当時右交差点を北から南に横断歩行中の亡ヨシの後方から自転車に乗つてゆつくりと亡ヨシの西側に至つた際、自転車の前部に乗せていた伸次(当時一歳二か月)がグヅついたので、両足をついて自転車を停め、右手をハンドルから離して右伸次をあやそうとしたところ、自転車の前輪タイヤが自然に左の方へ回り、その回つた前輪タイヤが亡ヨシの右足に軽く触れ、その接触によつて、亡ヨシは尻もちをついたにすぎない。

(四)  従つて、亡ヨシの前記受傷は原告の自転車の前輪タイヤとの接触に基づいて生じたものではないのであるから、本訴請求の趣旨記載の判決を求める。

二  原告の主張に対する被告らの認否

原告主張事実中、(一)及び(二)の事実は認めるが、(三)は否認し、(四)は争う。

三  被告らの主張

(一)  事故の発生

1 日時 昭和五五年一一月一四日午前一〇時四〇分頃

2 場所 東大阪市永和二丁目二四の一八所在交差点

3 加害車 自転車

右運転者 原告

4 被害者 亡ヨシ

5 態様 原告が自転車を操縦中、右自転車の前方を歩行中の亡ヨシの右膝に右自転車前輪タイヤが強く接触し、その衝撃で亡ヨシは、身体を左方に一回転させ、地上に仰向けに転倒した。

(二)  責任原因

一般不法行為責任(民法七〇九条)

原告は、自転車を運転するには、前方を注視するのはもとより、適切にハンドル操作をしなければならないのに、これを怠り、自車前部に乗せていた前記伸次がグズついたことに気をとられ、自転車から両手を離したため自車前輪タイヤが左側に傾き、おりから前方を歩行中の亡ヨシの右膝に強く接触させ、亡ヨシに後記の傷害を負わせた。

(三)  損害

1 受傷

右大腿骨頸部骨折

2 入院付添費、入院雑費 三五万三、五二〇円

昭和五五年一一月一四から昭和五六年四月三〇日まで(一六八日間)長生会布施病院に入院した際に要した治療費を除く入院諸雑費。

3 休業損害 八四万円

亡ヨシは事故当時、自宅でタバコ及びうどん玉の小売に専属従事していたものであつて、その利益は一日平均五、〇〇〇円を得ていたが、前記入院期間中全く就労できなかつた。

4 慰藉料 四〇〇万円

(四)  権利の承継

亡ヨシは、昭和五七年九月一五日死亡し、亡ヨシの夫である被告長谷川勇造と亡ヨシの次男被告長谷川博美及び長女被告長谷川迪子が亡ヨシの遺産を相続した。

(五)  よつて、被告らは原告に対し、民法七〇九条に基づき、反訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

四  被告らの主張に対する原告の認否

被告ら主張事実中(一)の1ないし4、(三)の1の事実は認めるが、その余の事実は否認する。なお、原告は亡ヨシ入院中は見舞金として、三〇万円を支払つている。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一当事者間に争いのない事実

亡ヨシは、昭和五五年一一月一四日午前一〇時四〇分頃、東大阪市永和二丁目二四の一八所在交差点内において、原告の運転する自転車の前輪タイヤと接触したこと、その際亡ヨシはその場で転倒し、右大腿骨頸部骨折の傷害を負つたことは、当事者間に争いがない。

第二事故原因

成立に争いのない甲第六、乙第一号証、証人林昌子、同際本文夫、同(後に亡ヨシ訴訟承継人となつた)長谷川迪子の各証言、亡長谷川ヨシ被告本人、原告本人(第一回・後記措信しない部分を除く)各尋問結果を総合すると、次の事実が認められる。

亡ヨシが対面青信号に従い前記交差点内車道上を出口某女と共に北から南へ横断すべく道路中央よりやや南の位置まで進んだ際、自転車に乗つた原告が同交差点を北西方向から東南方向へ横切るように進行中、自転車前部に乗せていた伸次がグズついたのでこれをあやすべくブレーキをかけ、まさに止まろうとしていた自転車前輪が亡ヨシの右後方腰部に衝突し、そのはずみで、亡ヨシは半回転して尻もちをつく状態で右横からアスフアルト舗装がなされた道路上へ崩れ落ちて臀部を打ちつけた。

右認定に反する原告本人尋問の結果(第一回)の一部は、前記証拠に照らし措信しえず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、原告には自車前部に乗せていた子供に注意をうばわれ、前方を十分に注意せずに運転操作をした過失が認められ、原告の右過失により自転車前輪が亡ヨシの右後方腰部に衝突し、そのため亡ヨシは尻もちをつく状態でアスフアルト舗装のなされた道路上へ崩れ落ちて臀部を打ちつけたことが認められる。

第三事故と傷害との因果関係

(一)  成立に争いのない甲第二、乙第二、乙第六五ないし第六八、乙第七三号証によれば

1  亡ヨシは、大阪府立成人病センターにおいて、子宮頸癌のため昭和五五年八月六日より同年九月一一日までの間、合計二七回にわたり、全骨盤、中央遮蔽骨盤腔内各部に放射線治療(コバルト照射)が施され、そのためもあつて、右各部は骨折しやすい状態となつていたものの、本件事故に遭遇するまでは右大腿骨などの骨折の既往症はみられず、同年九月一三日より同年一二月二〇日(但し、同年九月一三日より同年一一月八日までは通院したものの、同年一一月一七日及び同年一二月二〇日の二日は長生会布施病院の整形外科医師の依頼に基き治療薬を長谷川迪子に手交したのみ)までは足利産婦人科病院において子宮洗滌及び投薬による治療を受けていたが、右子宮頸癌は一応治ゆしていた(なお、亡ヨシは昭和五七年六月一八日に至つて扁平上皮癌が発見され、同年九月一五日食道癌局所再発、右気管支の完全閉塞などが原因で死亡した。)。

2  亡ヨシは、本件事故に遭遇し、一度は自宅まで送られたものの、その日のうちに救急車で長生会布施病院に搬送されて入院し、同病院医師市岡の診察を受けた結果、右大腿骨頸部骨折と診断され、昭和五六年五月一日まで同病院において整形外科的治療を受けた。右治療内容をみると、亡ヨシに対してはその病歴、理学的所見などから手術による治療は困難と判定され、そのため牽引療法が施されて経過観察がなされていたところ、右骨折部位は骨脆弱で骨粗鬆の状態であつたが、昭和五六年三月九日に骨癒合し、同月一一日には抜釘、一同月二四日からはリハビリテーシヨンが始められ、同年五月一日に退院した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  以上の事実によれば、事故前亡ヨシは子宮頸癌を病み、その治療のため相当量のコバルト照射を骨盤部に受けたことなどにより、骨折部位をみると骨脆弱で骨粗鬆の状態となつていたものの、骨多孔症と診断されたものでもなく、亡ヨシの右大腿骨頸部骨折の直接原因は原告運転の自転車前輪が亡ヨシの右後方腰部に衝突したために臀部をアスフアルト舗装のなされた道路上に打ちつけたことに存することは明らかであるのみならず、前記認定の事故態様をも考慮すれば、事故と亡ヨシの右大腿骨頸部骨折との間には因果関係が認められる。

第四亡ヨシの損害

(一)  入院付添費、入院雑費

1  前記認定の如く、亡ヨシは、昭和五五年一一月一四日から同五六年四月三〇日までの一六八日間、右大腿骨頸部骨折の治療のため長生会布施病院へ入院した。

また、前記長谷川迪子の証言により真正に成立したものと認められる乙第四ないし第一八号証、前記長谷川迪子の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、亡ヨシの右入院期間中その傷害の部位、程度から常に付添看護を要したため、職業家政婦とともに長谷川迪子も(右長谷川迪子については毎日)附添つたこと、職業家政婦の日当はすでに原告においてこれを支払済みであること、右長谷川迪子は当時大阪市北区に所在する関西石油化学(株)に勤務していたが、勤務時間中であつても掃除やお茶汲みなどの仕事はこれを会社の掃除婦に依頼するなどして出来得る限り亡ヨシの看護にあたつていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実と経験則によれば、亡ヨシは前記入院期間中の右長谷川迪子に対する付添看護費として、その間一日一、五〇〇円の割合による合計二五万二、〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

2  亡ヨシが一六八日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一、〇〇〇円の割合による合計一六万八、〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(二)  休業損害

前記長谷川迪子の証言により真正に成立したと認められる乙第六三号証、右長谷川迪子の証言及び亡ヨシ本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡ヨシ(事故当時七六歳)はうどん玉販売及びたばこ販売業を営み、亡ヨシの寄与分のみでも同年代の昭和五五年度女子労働者平均賃金(昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表による)以上の収入を得ていた(一か月一四万四、六二五円)ことが認められるところ、少なくとも前記入院期間中はうどん玉販売の休業を余儀なくされ、その間合計七九万八、六七二円(円未満切捨て)の収入を失つたことが認められる。

(三)  寄与度

前記の如く、亡ヨシの右大腿骨頸部骨折は、その直接の原因を原告運転の自転車前輪が亡ヨシの右後方腰部に衝突し、臀部をアスフアルト舗装のなされた道路に打ちつけたことに求めることができるものの、他方、亡ヨシには事故前に子宮頸癌のためコバルト照射を受け、その後遺症もあつて、骨盤部の骨が脆弱となり、特に骨折部位をみると、骨脆弱で骨粗鬆の状態であつて、亡ヨシの右既応症も右大腿骨頸部骨折の遠因ともなつていることも認められるのであるから、損害の公平な分担という不法行為における損害賠償制度の理念に照らし、前記入院付添費、入院雑費、休業損害のうち、亡ヨシの右既応症が本件傷害に寄与した寄与分である三割を亡ヨシに、その七割を原告にそれぞれ負担させるのが相当である。

(四)  慰藉料

本件事故の態様(原告の過失の内容、程度のみならず、特に、亡ヨシは交差点内横断歩道上ではなく車道上を歩行していたことなど)、亡ヨシの傷害の部位、程度、治療の経過、年齢、親族関係、亡ヨシの既応症の寄与度その他諸般の事情を考えあわせると、亡ヨシの慰藉料額は三〇万円とするのが相当であると認められる。

第五権利の承継

成立に争いのない乙第七四号証によれば、昭和五七年一〇月一〇日、死亡した亡ヨシの相続人間において、亡ヨシの遺産に関し遺産分割の協議が成立し、被告ら三名がそれぞれ三分の一の割合で均等に亡ヨシの遺産を相続したことが認められる。

第六結論

よつて、原告は亡ヨシに対し、一一五万三、〇七〇円(円未満切捨て)を支払う義務があるところ、被告ら三名は亡ヨシの遺産をそれぞれ三分の一の割合で均等に相続したのであるから、原告は被告らに対し、それぞれ三八万四、三五六円(円未満切捨て)の各支払義務があり、原告及び被告らの各請求はいずれも右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の各請求は理由がないからそれぞれ棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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